栗林浩のブログ
白虹・その人と俳句
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作成日時 : 2008/02/25 20:19
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新興俳句の流を受け継いで活躍した俳人横山白虹について、文學の森社刊行の「俳句界」平成20年3月号に書きました。金子兜太さん・宇多喜代子さん・阿部完市さんや白虹のお嬢さんであられる寺井谷子主宰などなど多彩な顔ぶれの方々と一緒に掲載されております。本文も添付します。宜しかったらお読み下さい。
白虹・その人と俳句
栗林 浩
横山白虹の俳句には余情がある。人柄は陽である。誰にでも気さくに話しかける明るさは、多くのひとびとを惹きつけた。外科医としても人望があったが、その見識・人脈・才能は、大企業の経営者か政治家にむいていたのではなかろうか。とまれ俳壇には多大の貢献をなした。病に倒れるまで、現代俳句協会会長を六期務めたことからも明らかである。
昭和二年、白虹は吉岡禅寺洞に乞われ、結社誌「天の川」の編集長を務めた。新興俳句の流れに乗って活躍し、じきに新興俳句作家の西の雄となるが、「天の川」は急激に先鋭化してしまう。白虹は持って生れたバランス感覚で身を処し、自らの結社誌「自鳴鐘(とけい)」を立ち上げる(昭和十二年)。「新情緒主義」と彼が名づけたとおり、哀しい世相を詠むにしても、句にはおのずと詩性・余情があった。
よろけやみあの世の螢手にともす
ラガー等のそのかちうたのみじかけれ
国原(くにはら)は蒼々(さうさう)として後鬼(ごき)泣けり
雪霏々と舷梯のぼる眸ぬれたり
鷹の羽ひろへり砂丘はれわたり
胸の上にこほろぎが鳴くと云ひて死にし
傷兵にヒマラヤ杉の天さむざむ
第一句集『海堡』(昭和十三年)の中の作品である。白虹三十八歳。特に〈ラガー等の〉と〈雪霏々と〉は不朽の名句として愛唱されて来た。白虹の俳句は、初期において山口誓子の影響を受けて印象派的であると言われている。誓子の名句〈七月の青嶺まぢかく熔鉱炉〉の「熔鉱炉」や、掲句の「ラガー」、「舷梯」などそれまで俳句には詠まれなかった事物を句に詠み込み、詩情を湧き立たせた。この手法は生涯続いている。冒頭の句の「よろけやみ」とは結核に罹ったひとのこと。九州の炭坑地区ではそう呼んでいた。彼の患者であろう。
当時、花鳥諷詠に物足りなさを感じた俳人たちは、世相から来る屈折感を句に詠もうとして所謂新興俳句運動に向かった。世の中が向かって行く「戦争」という重たい言葉のもつ響きは季語と相容れなかったし、連作が流行ったこともあり、なおのこと季語の役割は小さくてよかった。白虹も連作「役の行者」の中に、掲句〈国原は〉のような無季俳句を発表しているが、数の上ではそう多くはない。〈松葉杖傷兵銃のごとく擬す〉という句が、現代俳句協会編の歳時記に、無季の部の「傷兵」の項の例句として載せられている。主題からは反れるが、歳時記に無季の部が編まれたことは興味あることである。とまれ、彼の句は硬派の新興俳句よりは柔らかく、小倉の憲兵隊に三度も尋問されたが、俳句弾圧事件の直接の被害者にはならないで済んだのである。なお、白虹の「自鳴鐘」は用紙統制令のため昭和十四年に休刊し、戦後二十三年に復刊した。若い人たちが増えたせいで、「自鳴鐘(じめいしょう)」と呼称されるようになった。
第二句集『空港』(昭和四十九年)。白虹七十四歳。第一句集から三十六年ぶりの句集である。『海堡』以後の句で、『空港』に入っていない句も合わせて、共鳴した句を掲げる。
梅雨を来る坑婦の乳房たくましき
検疫を待つに最も若きは妻
早春の草には降りず海の鳥
枯芝にさゝりし槍のまだゆるる
夕桜折らんと白きのど見する
月落ちてちゝろは海の中に鳴く
歯朶青し女体を月にのぼらしめ
扇風機籠のレモンに風送る
〈梅雨を〉の句は昭和十三年の作、新興俳句の匂いのする句。二句目の〈検疫を待つに〉は、同年、結婚したばかりの房子夫人を同行しての船の旅。白虹の満面の笑みが見てとれる。〈枯芝に〉は陸上競技に身をおいたことのある白虹らしい句で、「まだゆるる」に観察が行き届いている。次の三句は、五十歳のころの句で、色香が漂うシュールな作品である。〈扇風機〉の句は平畑静塔が激賞した句である。レモンであることで句が立つ。新鮮でかつ涼やか。句の幅の広い作家である。
第三句集は『旅程』(昭和五十五年)。白虹八十一歳。それ以降の句も含めて見てみよう。
霧来れば情死の灯なり烏瓜
霾(つちふ)るや手首とほらぬ土鈴の紐
木犀の香の中に尼僧の素足
冬川越ゆむらさきいろの傘さして
渤海越ゆ十六日の月明に
どれも八十歳のひとの句とは思えない。情緒豊かで余韻のある句だ。
白虹の句を大急ぎで概観したわけだが、彼が現代俳壇に遺したものは何であったのだろうか。伝統に縛られず、さりとてイデオロギーに走らず、時代に即した新しい事物を詩情のある句に詠み込んだ。幅広い句柄でありながら、現代俳句の中心を外さず、協会の運営と自身の句を通して、現代俳句愛好の作家たちの軸を形成して行った、と言えようか。一本の鞭のように・・・。
彼はまた、同輩後輩俳人を彗星のように世に送り出した。古い人たちをあげれば、芝不器男(二十六歳没)・篠原鳳作(三十歳没)・神崎縷々(三十六歳没)である。
世話好きな白虹を多くの俳人が訪ねた。そのひとりに西東三鬼がいた。前記三者の名句と三鬼に関する白虹の二句とを掲げよう。
あなたなる夜雨の葛のあなたかな (不器男)
血に痴れてヤコブのごとく闘へり (縷々)
しんしんと肺碧きまで海の旅 (鳳作)
アドルムを三鬼にわかつ寒夜かな (白虹)
薊まだ釦のごとし三鬼逝く (白虹)
白虹は、「自鳴鐘」の大会や現代俳句協会の催しに多くの俳人を講師として招いた。橋本多佳子・竹下しづの女・静塔・津田清子・沢木欣一細見綾子夫妻・三谷昭・石原八束・赤尾兜子・林田紀音夫・鈴木六林男・高屋窓秋など枚挙にいとまがない。もちろん誓子や三鬼もいる。盲腸の手術の縁での松本清張、東京での定宿のフロント係りだった森村誠一なども含まれる。いろいろな人たちに会うとき、必ず娘の寺井谷子(「自鳴鐘」現主宰)を連れていたと言う。
多芸でよくひとを愉しませ慕われる白虹ではあったが、こころの奥には、誰もがそうであるように、他人が介入できない部分はあったであろう。次の句にそれが見える。
梅寂し人を笑はせをるときも
石蕗咲けりおのれを騙すことに馴れ
白虹は、こころのその部分で俳句を詠んでいたとも思われる。その積りになって、このような句を探せばたくさん見つかるに違いない。
白虹は家族の一人ひとりの手を握り、「さようなら」と言ってから、昭和五十八年十一月十八日、黄泉へ旅立った。食道下部ヘルニアが本人に伝えられていた病名であったが、医者である白虹は余命幾許もないことを知っていたに違いない。主治医にも家族にも本当の病名は訊かなかった。見舞いに来た六林男に気を遣って「病院の自販機にアルコールはないナ」と言った。側にいた孫が、「酒屋がすぐ近くにあるよ」、と言って、役に立ちたい一心で飛び出していった。六林男は、飛び上がらんばかりに固辞したが、谷子がそっと「飲んでやって下さい」と耳元で囁いた。こころ配りは、白虹から娘・孫へと継がれている。
歳晩の夢のかけらの桃色鍵
賀詞きいて青衣のひとり泣けばよし
亡くなる二週間ほど前に詠んだ十三句の中の二句である。「桃色鍵」が難解。原句は「無明の鍵」であった。自分の世界の区切りを大晦日においていたようだ。大晦日をみなと一緒に過ごすのが夢なのだが、夢は脆く壊れて欠片となるだろう。その欠片を鍵として未知の世界への扉を開けるのだ。桃色の光を帯びた世界だろうか。臨死にあって無明の世界ではなく光差す思惟の世界への転換を希求した、と読むべきか・・・。
「青衣のひとり」は誰だろう。病院に泊り込んで看護に当たった房子夫人であろう。夫人のエッセイ集『えにし』(角川書店)を読んでそう思う。年が明けて「おめでとう」と言い合うとき、その場に私はもういない。でも、いつものように楽しんでおくれ。お前だけが泣いてくれればそれでいい。よく青いガウンを着ていたね。ありがとう・・・。
僅か十七音に凝縮された作者の思いに、少しは届いたであろうか。
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