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「ちるさくら海あをければ海へちる」を若い頃に詠んで有名になった高屋窓秋を調べていたら、次の句に出会った。昭和58年、73歳のときの句である。 死を問へば生きてゐるなり水中花 高屋窓秋 昭和58年 この句は、櫂未知子や奥坂まやの話題の句、 いきいきと死んでゐるなり水中花 櫂未知子 平成12年 いきいきと死んでをるなり兜虫 奥坂まや 平成14年 を思い出させてくれる。オリジナリティ論争がおふたりの間であったが、固いことはさておき、三句を眺めて愉しもうと思う。 窓秋は、命を持たない造花に、命を与えている。さすが詩人である。窓秋は、若いときから「死」をたくさん詠んでいる。それだけに、水中花を生きていると言い切り、自らを励ましているところに、逆に、私は切なさを感ずる。なんと思索的で重い俳句でありはしないか。 それに対し、平成の女流俳人の二句は、死んでいても、表面上はなんと美しく愉しい句であることか。(植田密さん編集の「生志花」連載の拙文『あとらむだむ』より転載) |
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