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司馬遼太郎の「坂の上の雲」を読まれた方は、秋山真之を十分承知であろう。ロシアのバルチック艦隊を撃破した日本聯合艦隊の作戦参謀として、 天気晴朗なれども波高し の電文で有名である。松山の出身で正岡子規とは大の仲良し。東京では一緒に下宿をしたり、病臥中の子規を見舞ったりした。餓鬼大将だった真之には、松山の少年たちを惹きつける魅力があり、高浜虚子や河東碧梧桐も子供のころから憧れていたという。 子規と深い交流のあった真之のことだから、きっと俳句が多く遺されているに違いないと思い、調べてみた。しかし、なかなか行き当たらない。英国駐在武官であったとき、子規に宛てた葉書に、 遠くとて五十歩百歩小世界 があるが、これは俳句とは言えまい。そんな訳で俳人としての真之には迫れないと分かったが、資料を読むうちにかれの信念に強く惹かれるものを感じた。 松山藩の下級藩士の家に生れた真之は頭脳明晰ですばしっこく、かつ腕白であった。 春や昔十五万石の城下かな (子規) に詠われた松山城の石垣をよじ登ったり、火薬を調合して花火を打ち上げ、警察に追っかけられたり、維新後松山に駐屯していた土佐藩士と喧嘩をしたりしている。しかし、文芸にも興味を示し、八歳のころ、次のような下品な歌を残している。その後は先生について習い、古今和歌集にあるような上品な和歌をも物にしている。 雪の日に北の窓あけシシすれば あまりの寒さにチンコちじまる ただ、この一首にみられるように、その後も日常のマナーは良くなかったらしい。 絵も上手だった。彼が描く凧の絵は近所でも評判で、碧梧桐が「買ってくれ」と親にせがんだという。 兄に秋山好古がおり、日本の騎兵隊を率い、コサック騎馬軍団を破ったことで有名であるが、この兄に呼ばれて上京し、子規とは哲学や文学を語る機会を持つ。しかし、経済的理由により文学の道を諦め、官費で進める海軍兵学校に通う。このとき、子規との別れが辛かったのか、そっと置手紙を置いて出てしまった。後年、アメリカへの留学が決まったときも、子規とは別れを惜しむ十分な時間を持てなかった。子規は残念がって、次の句を詠んだ。 君を送りて思ふことあり蚊帳に泣く (子規) ところで私が衝撃を受けたのは、真之の後半生、特に死に至る要因である。若くして英雄となった歴史上の人物は、往々にしてその後なんの功績も挙げないでしまう例が多い。日本海海戦で東郷平八郎司令長官の次席参謀として「三笠」に乗り込み、極めて危険な敵前転回を決行し、敵艦隊をほぼ全滅させ、英雄となった秋山中佐(三十七歳)は、その後どんな一生だったのだろうか。 真之は、その後海大教官、「三笠」副長、「秋津」「伊吹」などの艦長を歴任、第一艦隊参謀長を務め、同期では一番早く少将に昇進している。もう少しすれば、大将や海軍大臣にまでなれたかも知れない。しかし、大勝利を収めた陸海軍は次第に官僚色を強めていく。日本の社会によく観られるように、個人的傑出が目立つと、浮き上がってしまうことがある。 海軍未曾有の疑獄事件(シーメンス事件)が発覚した。真之はその後始末を海軍大臣から命ぜられた。そのころの軍法会議は非公開であったが、議会から、公開とそのための法律改正を激しく要求され、海軍は窮地に立った。真之は海軍のためには非公開が最良と考え、あらゆる手段を講じて戦った。その結果、裁判は機密裡に行われ、処分はごく限られた範囲にとどめられた。このことは、海軍には利を齎したが、その後の国家にはむしろ害になったと、歴史家はみている。 その後、中国の北と南の抗争に係わった真之は、中国に対する長期政策を建議したが入れられず、袁世凱に対抗する孫文を支援すべく機密裡に政治工作を行った。だが、突然、第一次世界大戦視察を命ぜられ欧州へ行かされてしまうのである。政府内の反対派の画策であったのではなかろうかと、言われている。 日本海海戦で勝利した真之は、しかし、こころの奥底では「天佑があったからこそ」との考えが強かった。敵弾に撃たれたマストが、もし船外にたれさがったら、船速が落ちてやられていたはずである。我が弾が敵旗艦の司令室に命中しなかったら、敵の動きは鈍らなかったはずである・・・などなど、日常、生と死に隣り合っている軍人としては、このころの孤独感もあって、宗教に入らねばならない心境となっていた。そして大本教に入る。かれの個人的信念と宗旨が一致し、病気に罹ったときでも信念で克服できる、いや、すべきであるとの考えに至った。盲腸炎を病んだ真之は、激痛にも拘わらずあらゆる外科的処置を断り、それがため悪化し逝去した。四十九歳であった。かれの固い信念が彼に早すぎる死を齎した。次が辞世の句である。 不生不滅明けて三羽の鴉かな これが俳句と言えるとしても、無季句である。〈鴉の子〉なら良いのか? どなたか彼のほかの句をご存知でしたらご教示戴きたい。 |
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