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help リーダーに追加 RSS 俳句漫評11 若山牧水

<<   作成日時 : 2008/07/19 09:44   >>

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 沼津市の千本松原に「沼津市若山牧水記念館」がある。彼の経歴を紹介したパネルに、若いとき短歌は勿論、俳句も詠んだとあった。『若山牧水全集』をみても、短時間では探し出せなかった。そこで、文芸員に訊いてみたら、即座に彼の俳句十九句のコピーをくれた。
もっと多いのであろうと思っていたが、ほかは良く知られていないそうだ。その幾つかを鑑賞しよう。

  牛かひの背に夕の紅葉哉

 分りやすく書けば「牛飼の背なに夕べの紅葉かな」である。牛を追って牛舎に帰る牛飼いの背中に夕日が映えている。まわりの紅葉がすっかり色づいているので、かれの背中も紅葉色に染まっている。ひょっとすると、紅葉の一枝を背中に挿しているのかもしれないが、挿していなくても良い。明治三十四年の発表であるが、おそらく前年満十五歳の時の作品であろう。このまま俳句を詠みつづけたら、どんな作品が生まれるのか楽しみな中学生であった。そのほか七句ほどが中学生時代の作品として知られているが、三年後には、つぎの句を発表している。

  雛買うて祇園を通る月夜かな
  春の水に白粉はげし恨みかな
  月一つ落葉の村に残りけり

 前二句の艶っぽさも、後の句の静寂さも、十八歳の青年の詩情の海の両端に屹立した感性の山を、読む者に感じさせる。
 残念ながら牧水はこの後殆ど俳句を詠んでいない。その後、平易純情な浪漫的短歌を多く発表し、短歌界の実力者として大活躍した。ただ、俳句愛好者にとって特筆すべきは、肝硬変で亡くなる三日前に、病床で詠んだのが俳句であることだ。二句知られている。

  つれづれや天井をはふ百足の子
  秋の夜やのそ と人の入りて来つ

 酒と旅を愛し、四十三歳で逝った。人は晩年になってから、どうして俳句に帰ってくるのであろうか。寺山修司といい、牧水といい・・・。
                                 

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