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zoom RSS 村越化石自選句集『籠枕』

<<   作成日時 : 2013/05/13 18:01   >>

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 群馬県は草津に近い「楽泉園」に暮らす村越化石氏は、俳句の賞という賞をすべて受賞したと言っても良いほどの著名な俳人である。彼が卒寿を迎えるにあたって、過去の句集からの自選句と最近の作品を一冊にまとめ、『籠枕』(文學の森)を刊行した。筆者は、化石氏の来し方とその作品に興味を持ち、調べ、面談し、過去に『俳人探訪』(文學の森、平成19年)をまとめた。その縁から、度々楽泉園を訪れ、化石氏の謦咳に触れ、その人柄に大いに惹かれた。
 この度、該句集を戴いた礼状を、化石氏へお送りしたのであるが、『籠枕』を少しでも広く、俳句愛好者の皆様に知っていただきたいと思い、その手紙を、下記にアップした。
 お読み戴き、該句集にご興味を持って戴ければ幸いであります。

画像


引用 化石先生。『籠枕』上梓おめでとう御座います。俳句に対するこれまでの先生の不断の情熱と、それから奥様のナミさんのご理解があってのことと、おふたりにお慶びを申し上げます。また、静岡の三浦晴子さんや楽泉園の皆さんの献身の賜物とも思っております。
 振り返れば、大野林火先生や「濱」はじめ、多くのよき俳友の存在も大きかったでしょう。それにもまして、やはりご自身が「俳句に生かされてきた」という謙虚なお気持を持ち続けられ精進されたことが、この一書を成したものと思っております。
 『籠枕』を手にして、まずその装丁に感銘しました。黒基調の函、金の背文字、函と帯の手触り豊かな紙質、それから自選十句の一句一句。函から取り出した句集本体の表紙の色調と持ち重り感。この表紙の色は何というのでしょうか。渋い金色の布張りで、大きな草書体の「化石」という彫文字。豪華な中に落ち着きのある、まさに卒寿記念に相応しいものと思いました。
 入集された句々の鑑賞については、この後の部分で短く書かせて戴きます。

 硬苦しい文章はこのくらいにして、気安く書かせて戴きます。ですからここからは、化石さんと呼ばせて下さい。
 この四月に楽泉園にお邪魔しましたね。こちらはもう桜が散っていたのですが、草津へ向かう吾妻川の辺りは満開で、とても美しかったです。私の俳句仲間の化石ファンと家内も一緒でしたが、八つ場ダムの巨大な工事と川辺の桜のコントラストが絶妙でした。
 化石さんは、園内の病院に入っておいででした。いつもは居室で炬燵の前に胡坐をかいて、ベレー帽を被り、黒い眼鏡を掛けて、待っていて下さいましたね。側にはかならずナミさんがおいででした。でも、この間の化石さんは、ベッドに臥せっておられ、いつもの黒ぶちの黒眼鏡は掛けておられませんでしたね。でも、僅かな時間でしたが、お話しをさせて戴き、その都度化石さんは、胸の奥からの一心の声と、首の動きでもって、確かな意思表示をされました。家内が「痛いところありますか?」と訊くと、首を振っておられました。仲間の一人が「先生の作品に〈学校の草引きしこと忘れめや〉がありますが、これは辛かった思い出ですか、それとも懐かしかった記憶ですか?」と訊いたときも、はっきりと、懐かしい思い出だという意思表示をしてくれました。指が痺れるこの病の初期の症状が現れた中学生の頃のことかと思って、ひょっとすると辛い記憶なのかと思い、伺ったのでした。思えば、化石さんの句には辛かったことは殆どなく、特に故郷のことは愉しかったことばかりでしたね。
 この日は、居室の方でナミさんから聴いた話が愉快でした。園の職員の中沢さんも居て下さって、昔の写真を本棚の下の抽斗から出して見せてくれました。若かりし時のお二人でした。熱海へ一緒に行ったのもありましたよ。中学生の頃の写真がこの句集にもありますね。十二歳の凛々しさと、はにかみが同居している村越英彦でした。楽泉園には今まで七、八回お邪魔していますが、このところ化石さんが棟続きの病室に入っているせいか、廊下にまで溢れて積んであった本の山が整理され、ナミさんのベッドが入っていました。でも、林火先生から戴いた色紙などが鴨居に飾ってあり、これは今まで通りでした。戸棚の上には、大きな朝鮮人参のガラス瓶が、戸棚の中には岡部の実家の写真が、やはりそのままでした。

 少し前置きが長くなりました。句集の中味に入りましょう。
 化石さんは自選の十句を帯に掲げています。

017 除夜の湯に肌触れあへり生くるべし
047 闘うて鷹のゑぐりし深雪なり
033 どこ見ても青嶺来世は馬とならむ
075 天が下雨垂れ石の涼しけれ
084 小春日や杖一本の旅ごころ
121 筒鳥や山に居て身を山に向け
134 山眠り火種のごとく妻が居り
165 森に降る木の実を森の聞きゐたり
198 裸木の側にしばらく居てやりぬ
220 草噛みて草芳しき今を生く

このうちの七句はどれも、私の愛唱句です。〈小春日や〉〈森に降る〉〈草噛みて〉の三句は今回改めて親しみを覚えた句でした。
 ナミさんはね、〈山眠り火種のごとく妻が居り〉について、「わたしや火種なんかじゃないよ」って言っていましたが、これは、いつも温かみを持っていてくれる妻への感謝なんだって、考えるべきですよね。この句の色紙が静岡の三浦さんのお宅の玄関に飾ってあったのを記憶しています。

 化石さん、私も『籠枕』全句を鑑賞し、千句に近い句の中から「栗林の共鳴句」を百四十数句ほど抜書きしてあります。化石自選十句のうちの七句がこれに入っていることは、うれしいことでした。
 ところで、化石さんの句を読んでいると、化石さんがお酒好きなことは分りますが、それより、柿好きですね。柿の句が実に二十二句あるんですよ。故郷の静岡県岡部町(現在は藤枝市)はお茶・竹の子・蜜柑がよくとれますよね。でも、実に「柿」が多いのです。

030 望郷の柿食ふ口中まで入日
199 白根より吹き越しの風吊し柿

前句は岡部と、後句は白根という風土との関係で、化石さんの作品の舞台設定になっていますね。岡部と草津が化石俳句の二大舞台です。
 化石さんの作品に出でてくる小動物には、犬猫は少なく、鳥類が多い。鳥・雀・鷹・烏・鴉・鶯・筒鳥など、四十句を超えるのではないでしょうか。でも蜻蛉・蜂・虻は極めて少なく、蝉は六回出て来ます。目には見えなくとも、その鳴き声は俳句の材料になるのでしょう。蝶は一度も出てこない。これは通常の句集にはない特徴です。眼の不自由な化石さんには、音を立てない蝶や蜻蛉は、題材として相応しくないのでしょうね。
 化石さんの身の回りの「モノ」でおそらく一番詠まれているのは「杖」でしょう。四十一回も出てきます。杖は化石さんの身体の一部なんですね。

103 余花明りここにあるらし杖を止む
177 去年今年変らぬ杖の置きどころ

前の句は蛇笏賞を受けたときの句でした。
 もう一つの化石さんの句材の特徴は、「母」でしょう。四十回出てきます。杖とおなじ頻度です。それに比較し、「父」は、どなたの句集でも「母」よりすくないのですが、化石さんの場合は幼くして死別しているので、わずか五回、しかも父母とか父子としてしか出てこないのです。仕方がないですかね。男は損ですね。

 こんな解析をしても、化石俳句には迫れません。しかし、私は化石先生の来し方を調べさせて戴き、三浦さんには及びませんが、多少は理解しているつもりです。化石俳句の依って立つ所は、故郷であり、母であり、困難の後の安らぎであり、人々や自然への感謝である、と思います。妙に病涯めいていません。妙に宗教的でもありません。心根の優しさが全句に亘っています。このような俳人は、他にはいません。そういう人にのみ、

150 向ふから俳句が来るよ冬日和
のような句が湧いて来るのでしょう。そして化石俳句は、テキストを熟読した上で、それにその作家の来し方に重ね重ねてゆっくり味わうべき数少ない俳人である、と思います。

 素晴らしい句集を有難う御座いました。また次回お目に掛かれますことを楽しみに。おふたりともお元気でいて下さい。
                                  栗林 浩
 村越 化石 様
    ナミ様
 
 平成二十五年五月 風薫る日に

引用終わり
お読み戴いて有難う御座います。ご興味おありの向きは、文學の森(03−5292−9188)へどうぞ。

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