関田誓炎句集『雨童子』共鳴句抽出

「海程」「遊牧」同人の関田誓炎さんから第一句集『雨童子』を戴いた。文學の森、平成25年10月刊行。俳歴の長い氏のことだから既に何冊か句集を出されていると思っていたのだが、これが渾身の第一句集のようだ。だから、昭和37年からの作品が収容されている。若かりし氏の作品から読めるということである。
序文は金子兜太が以前「海程」に書いた氏の作品〈虫の夜の空気に青年の家あり〉についての評文を転載している。
兜太は、この句の「空気」という措辞の違和感を述べ、しかしそれが生活実感として止むにやまれぬ気持で出してきていて、決してレトリックではない、と肯定している。

この一句で代表されるように、氏の作品には固い措辞が多く含まれる。これが「海程」作家の一つの特徴なのであろうか。しかも、一句の中での材料が豊富で、一句は何かを訴えようと饒舌に振舞う。先に、「小熊座」の日下氏、「船団」の赤坂氏の句集をこのブログで取り上げ、次には迢空賞受賞の歌人渡辺松男氏の俳句を書くつもりなのだが、これらの句集のムードとまったく異界にある関田氏の作品を診て行こう。


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いつもの様に共鳴句を10句。


012 山を拓くマッチの焔の確かさで
019 ひしひしと雪積む夜はだれも仏
026 北の駅かもめより濃く流れる人
042 息荒き蜥蜴の前の授乳かな
053 病室に入る鳥の巣を覗くよう
068 雪暗や鳥きて人の死を覗く
089 榠樝の実謀などしておらぬ
126 水買って小鳥みている桜どき
168 どの部屋も蝉が棲みつく終戦忌
173 秩父夜祭猪がみみずを食べに出る

どれもが氏の秩父での生活に根ざした作品である。土のにおいのする根太い風土俳句と言えよう。だが朴訥ではない。かなりの饒舌さで訴えてくる。ただ、私には、その材料の多さの故に、また、直喩・暗喩の難しさ(あくまでも私にとっての難しさである)が故に、句の真価に迫れないじれったさがある。これは、ひとえに私の読解力の浅さのせいであって、関田氏の瑕疵ではない。

読んでいくうちに私は、虚子と袂を分かた河東碧梧桐の無中心俳句を読んでいる様な気持ちになった。だが、碧梧桐のは観たものをそのまま調整せずに書いた。それに加え、関田氏は暗喩・直喩をまぜ、自在に表現する。

011 星が赤くて鉱夫が酔って湖底歩く
012 胃のような家に灯が点き帰る鉱夫
017 山は霧ピアノのような少女眠り
021 鳥降る空白い便器にのめりそう
022 乳ほどの朝月ひとつ𧮾の家
023 牛のごと酔う枯山を歩いたあと
023 風に揺れ白鷺冬の楽器のごと
028 寝間のいる父冬白の鳥のよう
028 鳥のごと水呑む妻の緑夜かな
029 蜘蛛のごと子どもが眠る雷雨の家
029 杉を裂くごと叫ぶなり夏童子

材料の多さも特徴的である。

025 空一滴おちて朝なり冬の匙
125 野鯉見る埴輪の眼あり迎春花
134 冬麗にヘリコプターあり獅子舞
140 黒猫過ぐ一番星の茄子畑

134の句は、ヘリコプターと獅子舞とのどちらに句の中心があるのであろう。碧梧桐のようだと感ずる所以である。

私も参加している「遊牧」の句会では、関田さんには余りあわないが、これからは「遊牧」誌を通して啓発を受けたいものである。お会いする機会があれば、ご教示戴きたいと願っている。









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