柳生正名句集『風媒』共鳴句抽出

 柳生正名句集『風媒』(平成26年4月、株式会社ウエッブ刊行)を鑑賞する機会を戴いた。跋文は「海程」の重鎮で、現代俳句協会副会長の安西篤氏。著者の柳生氏は「海程」の同人で、海程賞や現代俳句協会評論賞を受賞している作家である。


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 先ず、柳生氏自選の12句を掲げよう。

   牡丹に金閣燃ゆる闇のあり
   麦秋のどこまで眠りどこより死
   玉虫の碧に大寺沈みけり
   ロザリオや二百十日の頸細く
   水満ちてきてばつたんこすぐに空
   冬菫人間魚雷に窓なけれ
   鬼房ゐて海猫来て東北鉈の冷え
   臘梅と卑弥呼の刺青冷たけれ
   雛流す甚兵衛鮫へつづく水
   古雛を仕舞ひ土星の輪の薄き
   地に殉教宙に毛深き蝶の貌

 一句目の「牡丹に」の句、金閣炎上と牡丹と闇が、鮮やかにして妖艶な絵巻の世界に、読者を誘ってくれる。二句目。「麦秋」の句は、死につながる眠りのどこまでが「生」であるのかを自問する想念の句。三、四句目は、私にとって少し難解。言葉はわかるが、「玉虫の碧」が生きている玉虫の碧なのか、有名な玉虫厨子からの連想なのか? 季語「二百十日」の働きを忖度するのも少々難しかった。書かれていない女性がどんな方なのかが知りたくなる。それに較べると五句目の「水満ちてきて」は簡単明瞭。竹筒に水が一杯になると傾いて、中の水が吐き出され、軽くなって戻った竹筒が石を打って「カン」と鳴る。添水とか鹿威しのことである。当たり前すぎて、アッケラカンとしていて、そこが実に楽しい。
〈臘梅と卑弥呼の刺青冷たけれ〉は、この取り合わせ感覚………うまくは言えないが分かる感じがする。卑弥呼の刺青って、どんなのだろう。想像が膨らむ。
 次の句。甚兵衛鮫を想起したのには感心した。鯨でも海豚でもいいのだろうが、甚兵衛鮫は非凡にしてうまい!
最後の2句は、措辞は平易で分かるのだが、結構難解。どんな詩像を思い浮かべればよいのかが、私には難しかった。雛と土星、殉教と蝶の取り合わせが真似できない。しかも蝶は毛深い蝶なのだ。柳生氏の感性の柔らかを羨ましく思った。

 次に筆者(=栗林)の共鳴句を掲げる。全部で70句程だが、中から28句を抽いてみる。

007 正名忌は五月と決めて雲太る
009 牡丹に金閣燃ゆる闇のあり
024 投げて反古ふと美しき梅雨晴間
028 巴里祭鳥には後ろ向きし爪
038 ペンギンの日焼心配して帰る
044 皇国のいちばん奥に蠅取紙
045 端嚙みて夏手袋を脱ぎにけり 
049 トロ箱に烏賊の眼の涼しさよ
055 ナマケモノなりに怠けて風の秋
059 自転車で運ぶ硝子や秋の蝉
063 王将の裏はのつぺり生身魂
070 男郎花近江で硝子すつと切る
081 竜胆や切手の裏の仄湿り
090 紅葉かつ散る上下なき砂時計
101 切手より舌の大きく憂国忌
102 白鳥来る空みしみしとたわめつつ
110 湯豆腐の湯出でてからのおもさかな
135 凍蝶を吹き那由多てふ数思ふ
136 凍港につながつてゐるコンセント
139 臘梅や阿修羅に脇の六つほど
140 春近し虚子歳時記に虚子忌なく
154 盆梅や佃に汐の引きし跡
162 雛曇かすかに鍋の貝きしみ
171 旅客機が車輪を仕舞ふ花粉症
172 季題とは知らず落第致しけり
173 瞬きのしづかな人と桜狩
174 ひらがなの国に生まれし花疲
188 弁当の蓋に飯つく揚雲雀

 冒頭の007の句は、ご本人の忌日が五月であれば、との思いで書いているが、140の句「虚子忌」と並べて鑑賞すると妙味が出る。虚子の歳時記(当然句集にも)には、虚子忌という季語がないことに比して、自分の句集には正名忌を既に入れてある、という周到さ、滑稽さが良い。しかも、これが冒頭の句であるところが、この句集が一筋縄でないことを思わせる。深読みすれば、「正」の字は、得票などを数えるときの「五」に繋がる。五月は氏の勝負月なのかも知れない。

 私の選句は、やや恣意的であったかも知れないが、氏の句域は広い。大雑把に五つに分けてみた。

① 端正な写生句で、それぞれ一句が屹立している作………024、049、0154
    024 投げて反古ふと美しき梅雨晴間
    049 トロ箱に烏賊の眼の涼しさよ
    154 盆梅や佃に汐の引きし跡
  いずれもあたかも氏が写生派の俳人であるかのような作品である。

② 見落としがちな事象の発見と洒脱な表出………055、063、081、090、110、139、172
   055 ナマケモノなりに怠けて風の秋
   063 王将の裏はのつぺり生身魂
   081 竜胆や切手の裏の仄湿り
   090 紅葉かつ散る上下なき砂時計
   110 湯豆腐の湯出でてからのおもさかな
   139 臘梅や阿修羅に脇の六つほど
   172 季題とは知らず落第致しけり
  言われてみれば、砂時計に上下はないし、湯豆腐を湯から掬い持ち上げたとき、その重さを感ずる。納得の句群
  である。

③ 微妙な心象の表現………102、135、174
   102 白鳥来る空みしみしとたわめつつ
   135 凍蝶を吹き那由多てふ数思ふ
   174 ひらがなの国に生まれし花疲
  102はある意味で写生句であろうが、白鳥の群れが空を撓めてやってくる様が見える。実際、羽根の音がするの  だ。174では、「ひらがな」の美しさが氏の心中にあり、それが「花疲」という言葉を連れて来た。しっとりとした感 
  覚だ。

④ シュールな世界の表現………009、070、136
   009 牡丹に金閣燃ゆる闇のあり
   070 男郎花近江で硝子すつと切る
   136 凍港につながつてゐるコンセント
  ガラスをすっと切るという鋭利だがちょっとした不安を伴う行為………その舞台は男郎花が咲いている近江であ   る。感覚的な句であって、分かる気がする。

⑤ 若干斜に構えてユーモラスに詠んだ句………044、172
   044 皇国のいちばん奥に蠅取紙
   172 季題とは知らず落第致しけり
  皇国の句は攝津幸彦を思わせる味がある。卒業も季語なら落第もそうなのであろう。確かに歳時記にある。言わ  れるまで知らなかった。ちょっと茶化すところに俳諧味がある。

滑稽に通じる物の見方を句にしたのが②や⑤のカテゴリーであるが、筆者の好みでもあり、したがって多くを選んだが、④の世界も筆者にとって魅力があった。

 柳生氏の自選句と筆者抽出句の一致は次の句であった。一番好きな句であったので、嬉しく思った。

   牡丹に金閣燃ゆる闇のあり

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