塩野谷仁句集『私雨』共鳴句抽出

 塩野谷仁「遊牧」代表の第七句集『私雨(わたくしあめ)』を読む機会を得た(角川学芸出版、平成26年5月刊行)。氏は金子兜太の「海程」創刊時からのメンバーで、「海程賞」や現代俳句協会賞を受賞している。
 句柄は前衛的といわれる「海程」にあって、むしろ平明で、柔らかな、感覚的叙情句が多い。そしてその詩情の奥は深い。まず、自選の12句を掲げよう。原則有季定型である。


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   きのうにも昨日ありけり薺粥
   行き先はきさらぎのあの水鏡
   野遊びの終りはいつも大きな木
   落日をたしかめにゆく蝸牛
   麦飯は日暮の匂い私雨
   こころにも左側あり落雲雀
   盆過ぎの象の高さを愛しめる
   胡桃割る丸ごとの淋しさを割る
   さかしらを悔みつ鬼の子と揺れつ
   むこうからささやいてくる烏瓜
   にわとりを真っ白にして十一月
   いつか来るつぶてさざ波白梟

 第五句目は、この句集の表題となった。「私雨」は不意に降る村雨のことで、箱根・有馬などのごく狭い地域に降ることで知られており、いかにも叙情的な雨である。時雨や夕立と違って季語ではない。だから夏の季語「麦飯」を配合した。麦飯が如何にも地に足をつけた生活の様を想起させる。
 その一句前の「落日を確かめに行く」の句は、檀一雄がポルトガルのサンタクルスの海辺で詠んだ「落日を拾いに行かむ海の果て」同様、私の好きな句である。「拾いに行かむ」よりも「確かめにゆく」の方が現実的であろう。おまけに蝸牛が出てきて俳句となった。いかにも諧謔性がある。

 筆者の選んだ15句を掲げよう。

007 人日のいずれも遠き木とけむり
019 淋しさと寂しさの間海月浮く
021 麦飯は日暮れの匂い私雨
025 夜となる途中のまひる朴の花
048 降りるための階段もあり春三つ星
062 誰からも同じ遠さの夏かもめ
098 落日をたしかめにゆく蝸牛
103 いちばん遠い空席が好き新松子
118 冬の田の大きな穴を見て帰る
154 いま星が落ちるから水鳥潜る
182 秘仏みな扉のうしろ生身魂
184 草虱家出とはどの遠さなる
188 引力の薄らぐあたりからす瓜
193 山の日は音して落ちる枯秩父
198 水のなき川も川なり鼬罠

 氏の作品を読んでいて気がつくのだが、詠まれている対象と自分の間の距離感がじつに微妙に表現されている。「遠い」とした句は上にあげた中に、007、062、103、184があるが、これ以外にも句集中にかなりの数が見られる。また、「遠い」だけでなく、○○の間(019)、○○のあたり(188)などの措辞も多く、作者の立居地や対象の位置が明確になっていて、しかもその空間に詩情が醸し出される。そして、それらが句に確からしさを齎している。このことは場所についてだけでなく、時間についても、○○の途中(025)などとして出てくる。
 二句目。「淋しさ」と「寂しさ」の違いは筆者にはうまく説明できないが、外的なさびしさと、内的なさびしさなのだろうか。この微妙な両様の「さびしさ」の間に海月が浮いているのは、さすが詩になる。
048の〈降りるための階段もあり春三つ星〉は、普通、階段は登るためにあると思ってしまっているのだが、こう言われると成る程と思わされる。それに配するに、頭上のオリオン星座はうまい。
118は、〈冬の田の大きな穴を見て帰る〉だが、何の穴なのかは読者に任せている。言わない俳句の面白さを教えてくれる。
154は〈いま星が落ちるから水鳥潜る〉。星が落ちることと水鳥が潜ることには、なんの因果関係もないはずなのに、こう言われると面白い。俳句特有のレトリックだ。
182は、〈秘仏みな扉のうしろ生身魂〉。上五中七で当たり前のことを堂々と言っておいて、さてどんな季語を下五に斡旋するかが勝負である。同じような句には〈198水のなき川も川なり鼬罠〉もある。生身魂も鼬罠も上手い配合だと思うが、鼬罠はまったく予想しなかった。
188〈引力の薄らぐあたりからす瓜〉は、烏瓜の赤い実が無重力の場で浮いているように見えたのであろう。「あたり」が効いている。
193〈山の日は音して落ちる枯秩父〉は、秩父へ行くとこの雰囲気がよく分かる。秩父の山の西側には夕日がごろごろと転がっていそうな気がするのである。

 私は個人的には「私雨」という言葉が大好きで、自分でも何句か詠んだことがある。それだけに、

   麦飯は日暮の匂い私雨

に多いに感銘し、氏が「私雨」をこの句集の題名にして下さったことを、偶然ながら嬉しく思っているのである。

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この記事へのコメント

草原の獅子
2017年04月09日 08:24
続きはいつですか。
こころにも左側あり落雲雀
気持ちに反して義理のため行こうと決めた、私にぴったりします。

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