小原啄葉句集『無辜の民』共鳴句抽出

 小原さんの第十句集『無辜の民』(平成26年11月、角川学芸出版刊行)の共鳴句を抽出してみた。小原さんは、ご承知の通り、山口青邨門下で、「樹氷」の創刊主宰。俳人協会賞(第36回)を受けられた俳句界の重鎮で、現在93歳で在られる。

氏ご自身の自選12句は次の通り。

   春寒し先のことより明日のこと
   つらなれる目刺もおなじ日に死せる
   冷まじや壁を掴みし指紋痕
   四畳半に仏壇二つをみなへし
   地震くればおのれをつかむ蓮根掘
   遺されて遺る人らに薺売る
   蛞蝓へそこは棲めぬと詫び給へ
   確率は確率万が一が寒し
   無辜の民追はれ追はれて火蛾と生く
   海へ出たがる初凧の糸ゆるす
   人の日の人もどらねば村亡ぶ
   赤子・民草・股肱・赤紙昭和の日


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 明らかに東日本大震災を詠んでおられる。盛岡市にお住まいなので、被災地には多くの身内や知人が居られたことと思う。現地でなければ詠めない作品が多い。
 筆者(=栗林)の共鳴した句は50句をゆうに超えたが。その中から16句を掲げる。

009 かるがると運ぶ葬りよ燕来る
011 見舞ひたき人に見舞はる春の蝶
012 つらなれる目刺もおなじ日に死せる(*)
023 ゆづりあひ共に濡れゆく傘涼し
034 棺寒しどちらが父(おど)どちらが祖母(ばっぱ)
040 ねんねこの親子が最後村を去る
041 除夜の鐘ひとりひとりに百八つ
049 テロップを見つめ蜆の涙箸
059 海の底見しを語らぬ海胆の海女
107 遺されて遺る人らに薺売る(*)
109 海へ出たがる初凧の糸ゆるす(*)
145 不発弾へしづかに続く蟻の道
146 死児抱いて日傘の中に入れてゆく
183 いくさなき小春の世ならまだ生くる
184 初鏡たしかに眉もあつた筈
189 戦詠み津波うたひて扇置く
(*)は小原さんの自選と重なった。

 この句集の前半は、先述の通り、東日本大震災に係わる作品が殆どである。第二部は太平洋戦争を顧みての凄惨な句が続く。そして第三部は、90歳を超えられた平成24年以降、来し方を振り返っての心境を縷々詠まれたものである。戦争・大震災と、最も厳しかった時機を生き抜いて来ての「無辜の民」(=一市民)の歴史を俳句に書いたものとも言える。それだけに貴重な句集である。
 筆者が共鳴した句の幾つかを鑑賞してみる。

009 かるがると運ぶ葬りよ燕来る
 冒頭から震災句が並ぶ。初句は〈妹捜し来て料峭の尿細し〉である。妹さんが行方不明なのだ。まだ寒い海の傍である。尿意を催すのだが、それが切なく細い。このような句で始まる中に掲句があった。「かるがると運ぶ葬り」とあるから、きっと幼い犠牲者の葬儀なのだろう。そう思うと悲しさが増してくる。季語「燕来る」は、どちらかと言うと明るさを感じさせる。その本意と悲しい「葬り」との微妙なズレに、筆者は妙な魅力を感じた。

012 つらなれる目刺もおなじ日に死せる(*)
 つくづくと目刺を眺めた。その串の鰯たちは、一匹一匹がみな同じ日に捕えられ、死んで並べられている。目刺と震災犠牲者を同列に扱うのは失礼かも知れないが、作者の眼奥に焼きついている霊安所の景を思えば、悲しさが膨らんでくる。諧謔と受け取ってはいけないのである。「目刺も」であって「目刺は」ではないのである。「も」が効いている句の好例であろう。

049 テロップを見つめ蜆の涙箸
 食事中にふとテレビのテロップに目が行った。津波の光景が放映されているのだろう。あるいは犠牲者の捜索の場面かも知れない。思わず箸を止める。蜆汁の雫が箸先からポタリと落ちた。「涙箸」とはうまく言ったものだ。

109 海へ出たがる初凧の糸ゆるす(*)
 行方不明者はまだまだ多くおられる。この広い海のどこを彷徨っているのだろうか。その海の上に揚がっている凧は、風を受けてどんどん沖へ向かいたがる。もっともっと遠くに、高くに、糸を伸ばしてやろう。

146 死児抱いて日傘の中に入れてゆく
 幼児の遺体である。母親はその子を抱いて日傘の中に入れてやる。これから家に帰るのであろう。遺児への労わりや愛情を感じさせる。悲しいともなんとも言っていない。その悲しさ。俳句は短い。短いからこそ、その裏にこの親子の来し方が凝縮されている。

 この句集には、小原さんの被災者に対する優しさが、随所に溢れている。第二部には戦争に対する批判を込めた戦時社会詠が多い。記念すべき小原史の句集である。


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この記事へのコメント

2015年06月17日 22:04
こんばんは。

心に迫る俳句の数々、ご紹介くだされてありがとうございます。


ひとごととして、風化させてはいけませんね。

及ばずながら、自分もいくつか詠んでみました。


動かざる柱時計や原発忌


とんぼうもてふも飛ばずよ瓦礫の原


人埋まる村しんしんと若葉雨


星堕つや北三陸の海の底


北三陸の海ゆるぎなく雲の峯


冬蝶や被爆の森をさまよへり


立枯れや葱と私と原子炉と


対峙せる原子炉そして葱坊主


一年の長く短き東北忌


原子炉てふバベルの塔や大枯野


漁(すなど)る海も打つ田もあらず石巻


呑まれたる村は海市となりにけり




俳句自習室
http://m.ameba.jp/m/blogTop.do?unm=picapicaso






栗林
2015年06月18日 11:21
悠さま
コメント有難う御座います。
  動かざる柱時計や原発忌
が感動的かと思いました。

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