伊丹三樹彦句集『存命』共鳴句抽出

 伊丹三樹彦さんが句集『存命』を出された(角川学芸出版、平成27年4月刊行)。豪華な『伊丹三樹彦全句集』と、またまた豪華なその続編(平成25年、千頁を越える)を出されたあと、『写俳亭俳話八十年』、『伊丹三樹彦写俳集』、『海外俳句縦横』などを立て続けに上梓されたが、その直後の該句集の刊行である。95歳の氏の創作・発表意欲は衰えることを知らない。


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 この句集での氏の自選句は次の通り。

  一喝は鴉声 わが影 振り返る
  顔知りも多くは老いて供花提げて(*)
  独りの出湯 山雨に耳を傾け居て
  ペン執れば 朝の血流じんじんと(*)
  世界最短詩に打ち込む 回復期
  連衆に 如何なる明日が 花筵(*)
  今生の出会い果した 沙羅の花(*)
  夜を待って チェロ負う青年 花野過ぐ
  共に老い 共に臥しての火蛾の夜
  老年のこころは少年 さくらんぼ(*)
 (*)は筆者も共鳴句として注目した句である。

 良く知られている通り、氏は、昔から俳壇の「異端児」、よく言えば「革新児」、と呼ばれていたことを隠さない。現在は尼崎市に住み、毎日、俳句とエッセイ執筆を欠かさない。
 昔の作品では、筆者(=栗林)愛好の句として、次のような句がある。

   長き夜の楽器かたまりゐて鳴らず     『仏恋』
   いつも誰かが 起きて灯して 落葉の家  『樹冠』
   古仏より噴き出す千手遠くでテロ     『樹冠』

 俳句を始めたのは昭和10年で15歳のときだった。俳誌「水明」に投句し、長谷川かな女の選を受けた。昭和12年には日野草城の「旗艦」の句会に初参加し、神生彩史らを知る。草城との初対面は、昭和13年で18歳の時の「旗艦」月例句会。20歳で兵役検査乙種合格、16年に高槻の工兵隊に入隊。この年、「旗艦」は新興俳句弾圧のあおりを受けて終刊した。
 戦後、昭和20年10月、日野草城を豊中市桜塚に訪ね、俳壇復帰を懇請するも、取り敢えず、ガリ版刷りの同人誌「まるめろ」を立ち上げる。「旗艦」の後継誌が実現するのは昭和24年10月のこと。俳誌名は「青玄」であった。爾来、三樹彦氏は草城一筋に俳句の道を歩む。昭和31年1月、草城永眠。「青玄」の発行人は従前通り三樹彦氏が務める。
 この後、国内外を東奔西走、旺盛な俳句・写俳活動を続けていたが、平成17年7月、静岡の句会に出講中脳梗塞で倒れる。入院、リハビリ通院の末、奇跡的快復。「青玄」600号記念祝賀会に出席、全員が祝意を表した。翌平成18年1月、「青玄」は607号にて終刊。同9月、後継誌として季刊誌「青群」が長女の伊丹啓子を編集発行人として創刊。三樹彦氏は顧問となる。
 氏の句集や写俳集は数限りなく写真術はプロ並である。書も立つ。俳句業績の顕彰も数多く、第三回現代俳句大賞を平成15年に受けた。
 平成26年12月、最愛の妻で俳人・詩人であった伊丹公子さんが長逝した。

 筆者(=栗林)は、平成27年2月、尼崎市の氏のご自宅を訪ねた。とても異端児や革新児のようには見えない人懐こい振舞の髭の豊かな氏であった。こまごまとした世事を超越し、好きな俳句に、残る人生の全時間を捧げている三樹彦氏に、斯界の大先輩としての、歯に衣着せぬ俳論を伺うのが目的であった。この稿はそのうち発表する積りである。

 さて、『存命』の作品を紹介しよう。氏の自選句は上に引いた通りだが、筆者が共鳴した句を、①社会性のある句、②思い出を詠んだもの、③現在の意気盛んな状況を詠んだもの、④伝承派のような嘱目・自然詠、⑤ユーモアに満ちた句、⑥老境をしんみり詠ったもの に分類して掲げよう。

①社会詠
007 A 聖堂に火止めのイエス像 震禍神戸
020 B ヒール音 コツコツ 軍靴の世を遠く
022 B 日本晴 天に爆音 地に車騒
052 B 只ならぬ大正昭和を 経て傘寿
079 C 肋骨撫でもす 円屋根(ドーム)露わの原爆忌
184 C ヒロシマの空覆うまで 千羽鶴

②思い出
045 B 櫂しぶき 芭蕉も浴びたか 最上川
126 C かぼちゃでの三食 ハローウィンで無く
142 C 図らずも長寿 かぼちゃを飽かずして
146 C 楷書字の他は知らずに 草城忌
164 C 噴水の辺で約束せし身 紙吹雪

③今まさに意気盛ん
015 B 筆圧を強める 文通の友への今
040 B カフェラテ 茶房に忘れ来しは杖
043 B ペン執れば 朝の血流じんじんと
077 C 封切るに老のときめき 花便り
085 C 野火盛ん 胸中の火はまだ消さず
171 C 老年のこころは少年 さくらんぼ

④端正な自然詠・嘱目詠
033 C 山降りる炬火のじぐざぐ 薪負い女
068 C 京座敷 柚子茶の碗に 花びら浮く
074 C 春の闇 長押に提灯箱幾つか
077 C 飛行雲 抜けて つぎつぎ鳥帰る
107 C 隣家の灯いつしか消され 青葉木莵
143 C 大文字草 墨磨る音のまだ續く
162 C 朝日子を映す 棚田の水模様

⑤ユーモアを忘れない
084 C マスクせしは みんな美女なの 木の芽風
127 C クリスマス スイーツショップを眼で啄ばみ

⑥老境の句
052 B 只ならぬ大正昭和を 経て傘寿
101 C 人の背の曲り具合よ 梅の枝
102 C 梅が香に包まれている まだ生きて

 氏の作品の特徴はよく知られているように、一字空け表記、有季・無季を超越した「超季」、口語・新かなで表現されている。便宜的に、筆者はその作品を

 A 破調的で無季、しかし筆者が強く共鳴した句
 B 無季だが、定型感があり、筆者共鳴のもの
 C 有季で定型感があり、共鳴したもの

に区分して記載した。
 平易な句が多いので、あえて解説はしないが、強調したいことは、グループ④に示したような、伝承派的な作品が意外に多いことである。このグループは当然ながら有季定型のC型である。一字空け表記をやめれば、ホトトギスの長老が詠んだと言われても信じられるかも知れない。

 特に、三樹彦流の特徴ゆたかな句は、Aの一句〈聖堂に火止めのイエス像 震禍神戸〉であろう。一行詩である。モチーフは大いに共鳴できた。この句集にこの類の句はむしろ少ない。なお、この句は、該句集の冒頭の句である。
 無季句であるB型は結構多い。伝承派の選者なら、その内容以前に選ぶのを忌避する類の句であろう。筆者は、無季でも有季でも、共鳴できる句は大切にしたいと言い聞かせて選んでいる。
 読者もどうか虚心に帰って、各句群を鑑賞して戴きたいのである。

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