林ゆみ句集『展翅板』共鳴句抽出

 林ゆみさん(塩野谷仁代表の「遊牧」の同人)が第一句集『展翅板』を刊行された(本阿弥書店、平成二十七年九月二十二日刊行)。ゆみさんは、磯貝碧蹄館主宰の「握手」で俳句を始められ、すぐに新人賞を受けている。碧蹄館さんが亡くなられてから「遊牧」と出会い、参加し、ぐんぐんと俳句力をつけられた。二〇〇二年から二〇一五年までの作品を第一句集として纏められた。
 句集名は『展翅板』であり、〈はだら雪わたくしの展翅板かも〉に因んでいる。表紙には美しく青い蝶が描かれている。両開きの形にして以下に示す。


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 自選句は次の通り。

木の実落つやさしき嘘のふたつみつ(*)
破芭蕉波は触手を伸ばしけり
足首から木に変わりゆく緑夜かな(*)
鞦韆や船がかもめを連れ帰る
母すてたとはいわざりし夜のちちろ(*)
空席にきっと来るだろ金魚なら(*)
色変えぬ松わたくしに水鏡
別離いま白ふくろうの目玉かな
後悔の最前列の餅を焼く(*)
自分史の最終章は野に遊ぶ

 筆者(=栗林)の共鳴句の中に(*)印の五句があることは嬉しいことである。まず、この五句を鑑賞しよう。

木の実落つやさしき嘘のふたつみつ(*)
 平明でありながら想像が膨らむ句である。どんな嘘だろうか? 分からないが、「やさしい嘘」とあるから、読者は許してしまう。その嘘が、「かさり」「ぽつり」と、木の実が落ちるように語られるのだ。相手は誰だろう。

足首から木に変わりゆく緑夜かな(*)
 この句は平明ではない。作者の微妙な心理と身体感覚が詠われている。「足首から」が上手い。その場に足許からゆっくりと固着されてゆくのだ。「変わりゆく」だから、ゆっくりだろう。体の上の方は、頭も手も、まだ暫くは正常に動かせる。しかし、それもやがて動きが取れなくなって「木」のようになる。でも、生きているのだ。シュールな作品。ゆみさんは、この手の作品に傾いて行くように思えるのだが、如何だろうか。

母すてたとはいわざりし夜のちちろ(*)
 老母を施設に入れたのであろうか。現実的な悩みを率直に書いた。年老いた片親を持つ人ならきっと分かる心境であろう。ゆみさんにしては、「虚」のない、現実的な句である。

空席にきっと来るだろ金魚なら(*)
 これもシュールな想念の句。「空席」と「金魚」の取り合わせが上手い。「空席」は作者のすぐ隣りの席であろう。今はだれも坐っていない。恋の句とでも言ってあげたい気分である、がしかし、恋人を金魚に喩えるのは如何かと思うので、もっと可愛らしい子どもかも知れない。

後悔の最前列の餅を焼く(*)
 むかし筆者の故郷では、餅を搗いたら、伸してから適当な大きさに切って並べて、凍らせたりしたものだ。後悔するような何かが作者の心中にあって、先ず一番気になる「後悔」事を心的に何とかしようと思うのであろう。あたかも、一番取り出し易い列の餅から焼くことに通じていよう。筆者の考え過ぎかも知れないが………。

句集『展翅板』から、筆者の琴線に触れた作品を抽出すると、実に五十句を超えていたが、中から、ゆみさんの特徴となるシュールな句、つまり「実」から「虚」への展開が目立つ句を、まず鑑賞しよう。
 帯文には、塩野谷代表が称揚する〈蝸牛ポルトガルまで透けてゆく〉がある。面白い飛躍である。「ポルトガル」または「ぽるとがる」は、俳句によく遣われる国名なので、若干損しているかと思うが、記憶に残る句ではある。

046 梟と絵巻の中を歩きおり
106 飽食の獏に陽炎つきまとう
115 七月や百頭の馬海より来
124 海知らぬ魚の眼かなし黄砂降る
172 白鳥に変わる途中のため息か
201 ゴッホなら桜の中の青が遺書
205 唐突に麦笛未来より聞ゆ

046の「絵巻の中を歩く」心境はよく分かる。それが「梟」と一緒だというのには、驚きと詩がある。「梟」を肩に止まらせて歩いているのであろう。どんな絵巻だろうか? 当然時代物だ。そして薄暗い場面であろう。洛中洛外図のような明るい絵巻ではあるまい。源氏物語でもなかろう。合戦の場面を俯瞰するような絵巻かも知れない。
106の「獏」は、勿論実際のバクもいるが、ここでは夢を食う仮想の動物。その獏が「飽食」状態にあるというのだ。夢を喰い過ぎたのだ。面白い暗喩。そこに「陽炎」を持ってきた。ゆみさんの発想の豊かさに瞠目する。

 シュールな句だけではない。写生的な句としては、

039 湖に色風に色ある立夏かな
042 テーブルクロスの皺やわらかし原爆忌
047 寒月や魚影の透くる溺れ谷
075 立冬や磨きあげたる消防車
103 寒月や樺太犬の首輪痕
145 リラ冷えの背丈の違う墓標かな
185 青鷺のかがやく高さ畝傍山

など数多い。しかも075にはアイロニーがある。火事で忙しくなる時期であるのに、消防車がピカピカに磨かれてある。
145はよく見た景である。墓には豪華なのも質素なのもある。「リラ冷え」とあるが、外国の景ではない。つまり、アーリントンの戦没兵士のような画一的な寝墓ではない。古い日本の墓域の景である。薄ら寒さも感じられる。

 家族を詠んだ句もある。父母がモデルだ。

095 寒夕焼卓に遺品の農日記
172 母すてたとはいわざりし夜のちちろ

「農日記」とは上手い素材を詠んだものだ。172は既に述べた。

 対象に触ったり見たりした時の微妙な、彼女独特な感受を書いた句も多い。

040 手のひらの記憶たしかや蛇苺
077 取り皿の指につめたし大旦
151 アカシアの花散る昼の土やわし
154 曼荼羅の朱色極まる大暑かな
173 山茶花の白わたくしのボクシング
181 桃の花セロファンの音悲しがる
194 旅人の味方のように冬の霧
206 囁きはひらがなのよう竹落葉
207 逃避行レース手袋脱ぐように

 うまく分類できないのだが、なんとなく微笑ましい作品もある。

070 両の手でフライパン持つ大暑かな
158 霾ぐもり片手はいつも空けており
167 だるまさんころんだにげろ烏瓜
209 好きなことなんにもなくて金魚浮く

 深刻な意味性はない。だから良いのだ。彼女にはこのような俳諧的な句もあるのだ。

通読してみて、彼女の句に「わたくし」が多いことに気が付く。また、切れ字の「や」が多い。それは決して欠点ではない。彼女の長所は、二物配合の妙にあり、その飛び方の離れ加減であろう。「実」から「虚」への飛び方のうまさである。

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