澤好摩著『高柳重信の一〇〇句を読むー俳句と生涯』

 澤好摩さんが表記の著作を刊行された。飯塚書店、二〇一五年十二月十日刊行。
 高柳重信の生涯を語り、その作品を解説してくれる書が、とうにあって然るべきだったのだが、今般、それが陽の目を見た。しかも、著者は重信の傍にいて、「俳句研究」の編集を手伝っていた澤さんである。重信の作品の背景などには十分に精通している訳で、まさに人を得た著作と言えよう。


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 筆者(=栗林)は特に多行表記を志している訳ではないが、この著作を読んで、一行表記の俳句での「切れ」を凌駕する場面転換効果を、今更ながら認識した。
 例えば、次の句、

  船焼き捨てし
  船長は

  泳ぐかな

は、重信の代表句の一つだが、三行目が空白である。この空白も作品の重要な一行であることが、この書を読むと良く分かる。つまり、澤さんは、この件に関しては、林桂の言(=前の二行から考えて三行目には答が来るだろうと期待していたら、なんと空白が来た、という意味の言)を引用しながら、

  船を焼き捨てた船長がそのまま泳ぐのではなく、空白の一行があることによって、泳ぐ主体とその目的は
深い霧に包まれることになったのである。

という。空白の一行を、全霊をもって鑑賞するという心構えである。

  海へ
  夜へ
  河がほろびる
  河口のピストル

 澤さんは四行目の「河口のピストル」が謎を深めている、と言う。しかも「の」が曲者である。筆者の感想だが、これが「に」だったら明解だが、それではつまらない。「の」であるから、色んな読みが可能となる。
 俳句にはさまざまな謎があっていいが、ただ、その謎は魅力的であることが肝要である、と澤さんは言う。

  まなこ荒れ
  たちまち
  朝の
  終りかな

 この句は、まだ戦争の影響を引きずっていた昭和三十三年に書かれた。当時の荒廃した世情を自分の眼で眺め、重信は万感の意を込めて「まなこ荒れ」と書いた、と推測している。そうは言いながら、それは戦争と戦後の時代を作品に重ね、牽強付会過ぎた嫌いがある、とも言う。さりながら、結論的には次のように述べる。

  重信は、いつも言葉の智恵に意をはらい、直接的な事実や体験に依拠する作品は書かない人であった。したがって、「まなこ荒れ」とだけ書き、その原因を指し示すいかなる言葉も付け加えることをしなかった。一切の予備知識を払拭し、作品に書かれた言葉だけから一句の〈読み〉は始められなければならない。ゆえに、この句から戦争と戦後の時代を読み取ろうとするのは無理がある。しかし、「まなこ荒れ」とは、そういう事柄に匹敵する重大な事態を想像してしかるべきである。無論、それが何かを正解として明示することはできないが、読者ひとりひとりが自らの経験の中から、この句が示そうとしているものを、それなりに探って行く他にないのである。

重信の傑作句集『日本海軍』には多くの戦艦が登場する。まず巡洋艦「松島」が出てくる。重信は当然名所の「松島」を汲み取りながら一句を完成させている。

  松島を
  逃げる
  重たい
  鸚鵡かな

当然、巡洋艦「松島」が身の丈以上の重たい砲門を積んでいたので、海戦での「逃げる」「重たい」の措辞が出て来るのだが、それだけでなく、松島で曾良が詠んだ
  松島や鶴に身をかれ時鳥
の一句をも踏んでいるという。
 さっと読み過すには惜しい程の背景豊かな重信の句がずらりと並ぶのである。

 末尾の部分は、重信が一行書きの句を発表したとき用いた「山川蝉夫」の名での作品もあり、解説されている。
 勿論、作品だけでなく、重信の来し方が随所に表出されていて、重信研究の良い入門書となるであろうと思った。



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